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「Voice」(PHP研究所)5月号を読んでいて パート2

前回にひきつづき、定期購読をしている「Voice」(PHP研究所)5月号を読んでいると、今度は養老孟司先生の書いた「『自然の法則』と日本人」と題する論説が目に留まりました。

いやあ、養老先生の文章って面白いので、大好きなんですよ。どこらへんが面白いのかというと、

1)いくら読んでも、前後のつながりがよく分からない

2)最初に言ってることと、最後の結論の関係がよく分からない

3)そもそも、何で書くのかが分からない

これだけ、分からない体験をさせてくれる書き手はめずらしいです。普通だと、「言っていること自体は分かるが、それに賛成できん」とか「何言ってるか分からないので、これ以上、読む気はない」になっちゃうと思うんですが、養老先生の文章は最後までキチっと読ませたうえで、結局、「分からない」という言葉だけが、空間にポツンと浮かんでいるという、ある意味で芸術的な仕上がりなんです。

まあ、そんな文章なので、「そもそも」要約不能だし、「めんどくさい」ので、ここでは論説の内容については細かく触れません。ただ、一般的な養老スタイルはというと、

1)いくら読んでも、前後のつながりがよく分からない

これについては、養老先生、おそらく無意識にこうなっちゃうんだろうなと思います。それというのも、基本的に養老先生は、「落語におけるご隠居さん」だから。喋るの大好きで、与太郎相手に自分の持っている豆知識を披露すると。もちろん前後関係なんて一切無視。知っていることを、スラスラと語っているだけなので、ぼく(与太郎)としては、「ほほう」「ええっ、そんなことが」と面白く相槌は打てるものの、後になってみると、「はて。あれは何の話だっけ」ということになるのです。まあ、語り口は軽快だし、知識は該博だと思いますよ。ちょっと底が浅い気もするけど。

2)最初に言ってることと、最後の結論の関係がよく分からない

まあ1)みたいな話し方をしていれば、当然そうなるわな、というところです。気持ちよく語る(書く)ので、話はあっちゃこっちゃに。最後に「ハッ」として結論を書こうとするんだけど、最初に何を主張していたのかが分からなくなるらしく、グダグダな結末を迎えちゃいます。ちなみに今回の「『自然の法則』と日本人」では、こんな感じでした。

冒頭、

「自然はよいもの」という感覚は、自然の一面しか捉えていない。自然には今回の災害のような、畏るべき他の一面がある。

と自然の脅威を主張。プレートのお話などで、ググッと読み手の関心を引き込む。と、思ったら被災地で、お菓子しか買えなかった母親を紹介しつつ、

「本当に被災した人のことを考えたら、これでもありがたい」と涙した母親がいた。マリー・アントワネットは、どう思うだろうか。

とまさかのムチャ振り。いやマリー・アントワネットだって、いきなり振られても困るだろう。そもそも、お菓子云々はマリー・アントワネットの発言じゃないと言うし。

私自身がそうだが、状況が悪くなると力が出る。

と、困った方に張り切ってしまう養老先生の文章がさらに冴えわたります。いきなり自分の趣味の昆虫採集について熱く語ったかと思うと、四国の自然林の美しさについてもひとくさり。ついでに「参勤交代」をしろとか言い出しましたよ。よく分からないけど、都会と田舎に家を持て、ということらしいです。いやリタイアした東大教授ならともかく、サラリーマンに何をしろと言うんでしょうね。もちろん、そんな細かいことは養老先生の興味の外みたいですけど。

おっと、養老先生、ここでテーマは地震と原発問題の二つだということを思い出したみたいです。

地震で原発が停止したのは結構だが、同時に冷却装置がなぜ停止するのか。いまはカメラだってケータイだって、水に浸けても平気じゃないのか。

まあ、そうなんですけど。でも、比べるものがチャチすぎませんか。それはともあれ、養老先生は、原発事故が「戦後日本の自然破壊の総決算である」と喝破しつつ、地道な暮らしを提案します。そして、

その元手は自分の自然、つまり身体である。それがいちばん具合がよくなるのは、自然の中にいるときである。もとも身体はそういうふうにできているのだから、そうに決まっている。

とナチュラルライフを高らかに謳っちゃうのでした。いや、最初は自然は恐ろしいとか言ってなかったか。でも、養老先生のこのフレーズは気に入りました。

そういうふうにできているのだから、そうに決まっている。

とりあえず根拠がなくても、これを言ってみると、論争に勝てるかもしれませんね。バカにされる可能性もありますけど。

3)そもそも、何で書くのかが分からない

これが最大の問題点です。まあ、養老先生からしたら、編集部から「何か書け」と言われたので書いた、というだけなんだと思うんですね。それも基本、ご隠居さん気分で。なにしろサービス精神の旺盛な人ですから、ひょいひょい書いちゃう。だから、問題点は「書いてください」とお願いをする編集部なんだろうと。

だって、養老先生はもともと東大医学部で解剖学の先生をしていた人ですよ。まあ「唯脳論」なんていうトンデモ本を書いているけど、基本は白い巨塔の加藤嘉みたいなもんでしょ。どうして、そんな人に地震やら原発について語らせようと思うのか。

もちろん、これは「Voice」編集部だけの問題ではなく、日本のマスコミ全体の問題です。いわゆる学識経験者と呼ばれる「なんでも学者」を便利に使って、専門外のことだろうが、なんでもかんでもコメントさせる。これってかなりヘンですよね。

確かに大学教授は、頭がいいです。ついでに集中力も高い。でも「まともな」教授というのは、その頭の良さや集中力を「まるごと専門分野に注ぎ込む」ので、関係ない分野については、素人もいいとこなんですけど。

それはともあれ。えーと、この文章の結論ですか。それはですね。養老先生サイコーということです。そして養老院などに入らず、いつまでも不思議な文章を読ませてくださいね。

……っていうか、最後はダジャレか、自分、
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